オプトメトリストの時間

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NHL選手のカムバック助けたオプトメトリスト

これはAOA NEWS(米国オプトメトリック協会ニュース) March, 2002掲載記事からの抜粋です。

2000年3月、NHL(プロアイスホッケーリーグ)トロント・メープルリーフの24才新人賞受賞経験者ブライアン・ベラード選手(ディフェンス)は、試合中、対戦チームのオタワ・セネターのマリアン・ホッサ選手の振りかざしたスティックを顔にあて、水晶体が氷上に飛び出すような大けがをしたのです。


ニューヨークの著名な網膜外科医であるドクター・スタンレー・チャンによる五度の網膜剥離の手術を受けたものの、ベラード選手の眼にはかすかな光を認識するぐらいの視力しか戻らなかった。

ベラード選手にはもはや引退しかなかった、と誰もが思ったのですが・・・。


メジャーリーグ、ニューヨーク・ヤンキーズ、NBAプロバスケットボール、ニューヨーク・ニックスなど、数々のスポーツチームまたは選手のビジョン・コンサルタントを務めるオプトメトリストのドクター・ダン・ティグは、ベラード選手の眼を最初に見たとき、「私のオプトメトリストとしての30年間でもっとも強烈な眼の事故だった」とコメントしたそうです。


しかし、「少しでも視力が戻るならどんなことでも試してみたい」というベラード選手の言葉に、「成功する可能性はきわめて低いものの、特殊なコンタクトレンズと弱視の患者におこなってきたようなビジョントレーニングを試してみよう」とドクター・ティグは答えたそうです。


まずベラード選手の眼の光学特性をよみがえらせるために、ドクター・ティグはSpecialty Ultravision社の、直径13.5mm高酸素透過性のコンタクトレンズEpicon lensを使用。

また、光彩の裂傷から太陽の光や氷上のライトの照り返しに悩んでいたので、技術者の手を借り【光彩+瞳孔】の絵をコンタクトレンズ上に描かせたのです。


その上で、約5ヵ月間に渡る弱視のためのビジョントレーニングをおこなったといいます。



2001年10月、事故から1年半後、NHLのテストを受け、わずか0.13(20/150)の右眼視力ですが合格し、NHLのニューヨーク・レンジャーズと3年契約を結ぶことができたそうです。

ベラード選手が現役復帰するためにアジャストしなくてはならなかったことといえば「単に1年半ホッケー場から離れていたことだけ」で、また「何も特別変わったことをやっている感じはしない」「自分のからだは、低下した右眼視力によく適応してくれている」とニューヨーク・レンジャーズのインターネットのチャットでコメントしました。

NHL



ドクター・ティグは「もし彼がアイガードグラスを装用していたら、あの悪夢はなかったろう」と言っている。

ベラード選手はアイガードグラス使用の主唱者となり、スポーツ中の眼の防護の必要性を唱えるようになったそうです。


テーマ:アイスホッケー - ジャンル:スポーツ

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