オプトメトリストの時間

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システム化の果てには

玄侑宗久(げんゆう そうきゅう)氏の本は何冊か読んだことがありますが

その言葉からたくさんのことを学ばさせていただきました。


慶應義塾大学中国文学科卒。

いろいろな仕事を経験した後、京都天龍寺専門道場に入門 。

2001年「中陰の花」で第125回芥川賞受賞。

ややユニークなお坊さんと言えるのでしょうか?


これは最近日経新聞に掲載された玄侑氏の記事です。

クリックしてください↓
kokoro


いまや私たちの身の回りの多くのものが「システム化」され

ボタンひとつ押せば次の答えが、もうひとつ押せばまた次の答えが・・・

人間の思考があまり関わることなく

無機質な機械操作だけで

なんとなく問題解決して「いる気にさせる」

環境になっています。


確かに便利な面もあるのですが

相手が生身の人間である場合

ボタンを押すだけではわからないことがあるはずなのに。


例えばメガネ屋さんの「‘システム’検眼機」などもその一例。

お客様に機械の前に座っていただき、検者がボタンを順番に押していけば

コンピューターが仕事をして

メガネの度数がわかる「気にさせる」

本来、検眼はそんな簡単な作業ではないはずなのに・・

微妙な目の感覚が、大きく度数を変えてしまうこともあるのに

そんな無機質な度数でメガネを作ってしまう。


玄侑氏の言葉にある

「どうしたらよいのか思い悩むことで」

「人間の心が活発に働く」


こんな経験は

今の子どもにも少ないのではないでしょうか?


やり損なったり、悩んだり、喜んだり、また失敗したり

を繰り返すうちに成長するはずなのに

まわりの基準があまりに狭く

子どもたちは失敗することに対して極端に不器用になっているように思います。


学校自体がとてもシステマチックになっているんじゃないでしょうか??

子どもだって生身の人間なのに。



テーマ:★独り言★ - ジャンル:ブログ

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